東野圭吾『プラチナデータ』読みました。

東野圭吾の『プラチナデータ』読みました。

プラチナデータ (幻冬舎文庫)

プラチナデータ (幻冬舎文庫)

 
 

うーーーん。芸術の価値ってそこにあるのかなあ?

DNA解析システムが発達して、冤罪率低下!検挙率大幅アップ!国民を遺伝子で管理してどんな犯人も逃さない!(ようにしたい!)という世界。しかしある日そのシステムの開発者である蓼科兄弟が殺されてしまう。システムの共同開発者でもある天才科学者神楽龍平が犯人の残した毛髪を解析すると、なんとご自慢のシステムは自分こそが犯人だと告げていた・・・というあらすじ。

登場人物もそこまで多くなく、ストーリーも分かりやすいのでサクッと読める。

天才科学者とか二重人格とかアメリカのスパイとか、厨二心を刺激する要素も多くあり、読んでてにやにやできる作品。でも。でもいまいち・・・・私を熱中させてはくれなかった。謎の少女の正体とか、黒幕とかが予想しやすかったのと文体がさっくりしすぎていたからかもしれない。

一つ印象に残ったのは、芸術家の価値とは何かについて語られていた部分。

科学技術の発展した時代、実績のある芸術家本人でさえも自らの作品と機械が作ったそのコピーとを見分けることができない。芸術とは何なのか?人間は必要なのか?主人公神楽龍平は物語終盤その答えを見つける。

その答えについて触れるとネタバレになりそうなので反転↓

手に価値があるっていうのは分かるんだ。その人間がオリジナルを作り出せるということそれ自体に価値がないなんてそんなことあるわけない。でもやっぱり、だからこそより重要なのは作品なんじゃないのかと思います。優先順位が逆なんじゃないのか?だって作品をつくれなかったら芸術家は芸術家ではいられないんじゃないの?

 


内なる声が私みたいなのに芸術の何たるかは分からないだろうと責めるのですが 

そんなの知りません それなら私に芸術を教えて下さい。 というか人に教える教わるじゃなくて問答無用で伝わってくる、それが力を持った芸術作品じゃないんですかー!馬鹿な大衆にぐっと唾を飲ませるくらいのパワーで来てください!へいへい!ごめんなさい!60点!ちゃお!